2017年03月25日

星亮一著「敗者の明治維新 荒川勝茂の日記」を読んでいます。

荒川勝茂という人物
白虎隊や「八重の桜」で有名になった八重の事はしっていまいたが、この人物は初めて知りました。
会津藩家老・北原采女の臣であり、北原に従って京にも上り、会津戦争にも従事した後、明治42年まで生きました。素晴らしいのはその詳細な日記。篭城戦中も書き続け、男装して戦った八重の事も出てきます(本文中は八重子)。明治になって書かれた「明治日誌」全4巻は会津人の明治時代の記録として大変貴重なものだそうです。


凄惨を極めつくす会津戦争
今は、III「血の海」を読んでいます。
II「戊辰戦争」は痛快でした。薩摩軍の不遜な態度に怒った仙台伊達家が味方に着き、越後も同盟を結ぶ。ここに奥羽越列藩同盟が成り、冬まで持ちこたえれば南国育ちの薩摩軍を撃退できる。「この戦、勝てる!」と、その後の敗北を知る現代人も思い込める要素がそろっていました。それだけに、白河での敗退以後、後手後手に回り追い詰められていく会津藩が不憫でなりません。そして篭城戦。荒川勝茂は決死隊として城外で戦うことも多く、打ち捨てられた老若男女の死体など、多くの悲惨な場面を目撃し、見事な筆致で日記に残しています。興味深いのは会津田島の記録で、薩摩軍の乱取り対抗するように農民方も組織的に落ち武者狩りを行い、殺して金や装備を奪うということがなされたということである。これは、特に薩摩軍が、農民が、乱暴だった残虐だったという事ではなく、戦争とはそういうものだった、という事なのであろう。最近の研究で、戦国時代は勝者の乱取り、略奪、人身売買は当たり前だったそうである。平時には忘れられていたことも、幕末の動乱と戦場という極限状態の中では、そういう気風が復活する、ということであろう。

篭城戦で、まだIII
全9章。章立で、あと6章も残っています。降伏・敗戦・斗南藩での生活。明治に入ってから、会津人として苦難の歴史が始まるといっても過言ではありません。章の題名だけをみても、まったく幸せな瞬間を見出せません。だが、自分は同じ会津人として、先人の苦労をもう一度見つめなおす時期に来ている、そういう時期に自分がいるのだなと思い読み進めようと思います。





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posted by ちえ at 08:59| Comment(0) | -本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする